11/24 NOT WONK @ 札幌 BESSIE HALL

すばらしかった。大袈裟かもしれないが、過去に観たどのアーティストよりも刺激的で楽しかったかもしれない。NOT WONKのライブは今のパンクらしいパンクではなく、また今のロックらしいロックではなかったと思う。だけど姿勢に限れば歴史において既存の価値観をひっくり返してきたパンクであり、ロックそのものだったと思う。思想的にアナーキーということではなく、あくまで音楽的に楽しさを追求する点において彼らはとてもアナーキーだった。

わかりにくいので具体的に書くと、彼らはパンクバンドなのだけど中期のビートルズのような楽曲もやるし、マイブラのようなシューゲイズ的な演奏もしていた。そして普段は基本的に英詞の曲を演奏しているのだが、bloodthirsty butchersの「レクイエム」をカバーするなど日本語を排除しているわけではない。またレナード・コーエンの「ハレルヤ」をしっとりと歌い上げたりもする。

また彼らは転調をよく用いる。そのため楽曲のテンポが突然変わったり、少し油断すると次の曲を演奏していたりする。おまけにジャムったりもするので、曲と曲の境界がひどく曖昧な時があるのだ。パンク、ロック、日本語ロック、フォーク、シューゲイザーなど様々な音楽を、言い方が悪いが節操なく取り入れている。

でもそれらがたまらなく刺激的なのだ。めまぐるしく曲が変わり、音楽性も変わり、言葉も変化する。一瞬でガラッと雰囲気が変わる。確かに他のバンドのように瞬間的に沸点まで僕らを届けてくれるようなわかりやすさはないかもしれない。でもフォーク的な楽曲を静かに奏でる時も、低音ゴリゴリでセッションに興じる時も、名曲をカバーする時も、自分たちのキラーチューンを奏でるどの時もNOT WONKとして一貫してる。

そして誤解を恐れずに言えば、彼らは別にパンクらしいパンクを排除しているわけではない。実際、本編終盤とアンコールの盛り上がりはとてもパンクらしい光景だった。しかしその光景は約束されたものでは決してなかった。彼らの代表曲がライブの狭間で披露されて盛り上がりはしたものの、僕らオーディエンスは拳を振り上げる程度のリアクションにとどまっていた。別に盛り上がりに欠けていたわけではない。事実「This Ordinary」も「Of Reality」もすばらしい演奏だった。だけど彼らは様々な楽曲を演奏していたし、僕らもそれぞれ気ままに盛り上がりそれらを楽しんでいた。

でもあの終盤とアンコールの盛り上がりにおいて何かが決壊した。後ろにいた人たちが我慢できなくなって前に押し寄せ、ひとりまたひとりと宙に舞った。ダイブすることがお約束ごとになっていない世界で何かが動いたのだ。それがどうしようもなく感動的で、だけど感動なんて言葉では生ぬるいほどに暴力的な体験だった。

苫小牧で普段活動する彼らは「別に札幌はホームでもなんでもないんだけど」とそっけなく口にするのだが、あの時ばかりは少しだけ僕らとの間に共犯関係のようなものが生まれたと思う。たまらなくスリリングな体験で、僕の生涯において最も興奮した瞬間だった。12月にもHomecomingsとの対バンで観れるので楽しみにしてる。