バトルは退屈だけど基本超キュートで捕獲はめっちゃ楽しい『ポケットモンスター Let's Go! ピカチュウ』

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40時間ほどプレイした。裏ボス(と思しきあいつ)まで倒すところまでやった。

いくつか問題点はあるがとてもおもしろかった。1996年の『ポケットモンスター 赤・緑』から22年、おまけに2度目のリメイク(ピカチュウver.としてはリメイク初)ながら新しい要素を盛り込み、当時の体験を無理なく再構築していたのがよかった。

僕がやった方のピカチュウはすばらしくかわいらしく、時にはあざといとさえ思うものの、やはりこのキュートさは絶対的正義だと思う。またポケモンによっては背中に乗ることができ、架空の存在であるポケモンが実際にいると思わせられるすばらしい演出だった。

そして『ポケモンGO』のヒットに伴い、野生のポケモンのバトルを廃止して捕獲のみにしたのはよかった。モンスターボールを投げるのは楽しい。言ってしまえばシューティング、というかただの的当てなのだが、TVモードではJoyコンを振り回す動作がなかなか難しい。携帯モードでは機体を持ち上げてモンスターに狙いを定めて少し難易度が下がるのだが、どちらもとても新鮮な体験だった。ポケモンGOの動作を逆輸入したとも言えるが、据え置きゲームらしい難易度になっていてちょうどよい難しさになっていた。

また、草むらに出てくるポケモンはかわいらしい。ランダムエンカウントからシンボルエンカウントへの変更は、他の国内RPGだとドラクエ11でも導入しているが、思っていた以上に良いものだった。

ただ、残念なのはバトルだと思う。これは22年前からほとんど変わっていない。対象を考えるとコマンド式の戦闘が致し方ない側面もあるが、やはりとても退屈だ。おまけにリメイクに合わせてシオンタウン〜セキチクシティ間、シルフカンパニーのトレーナーが原作同様の人数を揃えていてとにかく作業感溢れるバトルがきつかった。また経験値の振り分けが標準装備になった仕様上、バトルの恩恵が少なく感じられるのもよくない。捕獲で入る経験値が高いだけにトレーナーとのバトルがどんどん退屈にならざる得ない仕様変更だったと思う。トレーナーの3Dモデリングがよくできているだけに残念だった。

でもトレーナーとのバトルを除けば、作業感を減らす方向に進んでいることは間違いないと思う。数世代前から「わざましん」が何度でも使用できるようになったが、今回は「ひでんわざ」をパートナーポケモンが担うようになり移動用のポケモンを揃える必要がなくなった。またやりこみ用としての個体値もジャッジ機能で可視化され、さらには「おうかん」によって育成後の補正できるようになった。また占いによって性格もある程度決めることができる。捕獲の連鎖で個体値の厳選も容易になった。多少、捕獲の恩恵が大きすぎる気がしないでもないが、今回のリメイクの焦点が捕獲にあることを考えると悪くはない。

そういうわけで『ポケットモンスター Let's Go! ピカチュウ』は、『赤・緑』当時を知る人にとっては懐かしさと新しさを同時に感じさせる作品だと思う。同時に今作で『ポケットモンスター』本編に初めて触れる人にとってもすばらしい導入として仕上がっていると思う。バトルの退屈さなど問題点はあるが、ポケモンの可愛らしさ、捕獲の楽しさ、ウィットに溢れる会話などポケモンの魅力がふんだんに盛り込まれている。

 

 

 

11/24 NOT WONK @ 札幌 BESSIE HALL

すばらしかった。大袈裟かもしれないが、過去に観たどのアーティストよりも刺激的で楽しかったかもしれない。NOT WONKのライブは今のパンクらしいパンクではなく、また今のロックらしいロックではなかったと思う。だけど姿勢に限れば歴史において既存の価値観をひっくり返してきたパンクであり、ロックそのものだったと思う。思想的にアナーキーということではなく、あくまで音楽的に楽しさを追求する点において彼らはとてもアナーキーだった。

わかりにくいので具体的に書くと、彼らはパンクバンドなのだけど中期のビートルズのような楽曲もやるし、マイブラのようなシューゲイズ的な演奏もしていた。そして普段は基本的に英詞の曲を演奏しているのだが、bloodthirsty butchersの「レクイエム」をカバーするなど日本語を排除しているわけではない。またレナード・コーエンの「ハレルヤ」をしっとりと歌い上げたりもする。

また彼らは転調をよく用いる。そのため楽曲のテンポが突然変わったり、少し油断すると次の曲を演奏していたりする。おまけにジャムったりもするので、曲と曲の境界がひどく曖昧な時があるのだ。パンク、ロック、日本語ロック、フォーク、シューゲイザーなど様々な音楽を、言い方が悪いが節操なく取り入れている。

でもそれらがたまらなく刺激的なのだ。めまぐるしく曲が変わり、音楽性も変わり、言葉も変化する。一瞬でガラッと雰囲気が変わる。確かに他のバンドのように瞬間的に沸点まで僕らを届けてくれるようなわかりやすさはないかもしれない。でもフォーク的な楽曲を静かに奏でる時も、低音ゴリゴリでセッションに興じる時も、名曲をカバーする時も、自分たちのキラーチューンを奏でるどの時もNOT WONKとして一貫してる。

そして誤解を恐れずに言えば、彼らは別にパンクらしいパンクを排除しているわけではない。実際、本編終盤とアンコールの盛り上がりはとてもパンクらしい光景だった。しかしその光景は約束されたものでは決してなかった。彼らの代表曲がライブの狭間で披露されて盛り上がりはしたものの、僕らオーディエンスは拳を振り上げる程度のリアクションにとどまっていた。別に盛り上がりに欠けていたわけではない。事実「This Ordinary」も「Of Reality」もすばらしい演奏だった。だけど彼らは様々な楽曲を演奏していたし、僕らもそれぞれ気ままに盛り上がりそれらを楽しんでいた。

でもあの終盤とアンコールの盛り上がりにおいて何かが決壊した。後ろにいた人たちが我慢できなくなって前に押し寄せ、ひとりまたひとりと宙に舞った。ダイブすることがお約束ごとになっていない世界で何かが動いたのだ。それがどうしようもなく感動的で、だけど感動なんて言葉では生ぬるいほどに暴力的な体験だった。

苫小牧で普段活動する彼らは「別に札幌はホームでもなんでもないんだけど」とそっけなく口にするのだが、あの時ばかりは少しだけ僕らとの間に共犯関係のようなものが生まれたと思う。たまらなくスリリングな体験で、僕の生涯において最も興奮した瞬間だった。12月にもHomecomingsとの対バンで観れるので楽しみにしてる。

 

2017年上半期ベスト

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  1. HYUKOH『23』
  2. w-inds.『INVISIBLE』
  3. tofubeats『FANTASY CLUB』
  4. MONDO GROSSO『何度でも新しく生まれる』
  5. SZA『Ctrl』
  6. 柴田聡子『愛の休日』
  7. Cigarettes After Sex『Cigarettes After Sex』
  8. 橋本絵莉子波多野裕文橋本絵莉子波多野裕文
  9. Bonobo『Migration』
  10. YOGEE NEW WAVEWAVES
  11. Future『FUTURE』 
  12. Lorde『Melodrama』
  13. Calvin Harris『Funk Wav Bounces Vol. 1』
  14. Cloud Nothings『Life Without Sound』
  15. SHISHAMOSHISHAMO 4』
  16. 加藤ミリヤ『Utopia』 

 

今年の上半期は正直ゴタゴタしていて音楽を聴くのが難しかったけど、幸いなことに状況は落ち着き、6月はずいぶん聴けた気がする。w-inds.のアルバムを聴いている時間は楽しかった。HYUKOH(ヒョゴ)には驚かされた。彼らは韓国のバンドだけど、英語圏を含め世界中のポップミュージックの既存の構造が音を立てて崩れ始めている。tofubeatsの"lost decade"は遠くになりにけり。だけど僕らには"Fantasy Club"がある。"何度でも新しく生まれる"のだ。

 

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  1. ラ・ラ・ランド
  2. 光をくれた人
  3. ムーンライト
  4. LION
  5. マンチェスター・バイ・ザ・シー
  6. メッセージ
  7. 名探偵コナン から紅の恋歌
  8. 映画ドラえもん のび太の南極 カチコチ大冒険 

 

6/30までに観れた映画は8本。旧作も一本しか観ていない体たらく。ただ幸福なことに全部おもしろかった。少し冗長に感じた「メッセージ」でさえ今は良い思い出。「ムーンライト」「LION」「マンチェスター・バイ・ザ・シー」 「メッセージ」に共通するのは優れた映像と独特なリズムだと思う。どれもなかなかハードな物語なのにそれを劇的に描こうとしていない。抑制した演出で物語を丁寧に紡ぎながら、静かだけど深い感動をもたらすすばらしい映画だった。ただ、俺は大味も嫌いじゃない。「ラ・ラ・ランド」は物語が大味であるにもかかわらず、それが最後まで綻びず、何度も絶頂に連れて行ってくれた。こんなことが映画にできるなんて!「光をくれた人」も優れた映像と優れた演技で天国と地獄を行き来しながら、思いもよらない場所を僕を運んでくれた。今の映画は見ている僕らをどこに連れて行ってくれるのかが問われているのかもしれない。「コナン」でさえ「そんなアホな」を飛び越して度肝を抜かれるような場所に連れてってくれる。